冬季オリンピック

ここでは、世界のフィギュアスケートの競技大会の中でも最も大きなもののひとつ、冬季オリンピックについて解説します。

オリンピックは、言うまでもなく、4年に1度開催される世界最大のスポーツの祭典です。世界中の強豪選手が名誉と威信をかけて戦います。

 

歴史

1908年の夏季ロンドンオリンピックにおいて、男女シングルとペア、男子のスペシャルフィギュアが開催されたのが始まりです。スペシャルフィギュアとは、スケート靴の片足のエッジを使い、氷の上に図形をえがく競技で、当時は星やロゼットなど複雑で個性をこらした模様がえがかれたといいます。1920年の夏季アントワープオリンピックにおいては、男女シングルとペアのみになり、スペシャルフィギュアは姿を消します。ついで1924年にはじめて冬季オリンピックがフランスのシャモニーで開催された際、正式種目として男女シングルとペアがはじまり、1976年には更にアイスダンスも加わりました。そして2014年のロシアのソチで行われたオリンピックより、団体戦も加わり、現在の形となりました。

 

開催時期・場所

4年に一度、2で割り切れない偶数年の2月に開催されます。

開催場所は毎回異なり、世界の寒冷地が選ばれます。

 

大会の位置づけ

世界フィギュアスケート選手権とならぶ、世界一を決める大会として君臨しています。

 

 

ペア・アイスダンスにおけるオリンピックの位置づけ

ペア・アイスダンスにおいては世界一を決める大会とは言い難い点があります。それは、ペアを組む男女の国籍が異なる場合にオリンピックには出場できないからです。選手にとっては、同じ国籍の選手と組むか、どちらかの国籍を変える必要があります。ペアを変えてクオリティの高い演技ができるようになるには数年かかるため、長年練習した息の合ったペアでオリンピックに出場したい場合は後者をとる選手が少なくありません。過去の例ですと、マリナ・アニシナ選手、マキシム・スタビスキー選手、アリオナ・サフチェンコ選手、井上怜奈選手、川口悠子選手などが国籍を変更しています。

 

団体戦とは?

他の大会には無いのが、2014年ソチオリンピックから導入された団体戦です。男女シングル、ペア、アイスダンスの4種目の合計ポイントで国別で順位を争います。男女シングル各1名、ペア、アイスダンス各1組で、4種目から3種目以上参加します。参加する選手は個人戦出場選手に限られます。ただし個人戦の出場枠がない種目に限り、団体戦のみに参加する選手も認められます。

参加国は10ヶ国で、まずショートプログラムを滑ります。4種目終了時点で上位5ヶ国が決勝に参加し、フリースケーティングを滑ります。

団体戦が初めて開催された2014年ソチオリンピックでは、ロシアが1位、カナダが2位、アメリカが3位という結果となりました。日本も決勝に出場し、5位の結果となりました。

 

 

伝説の五輪2連続金メダリスト、カタリナ・ヴィット

1984年のサラエボオリンピックと1988年のカルガリーオリンピックで、女子シングルで連続金メダリストとなったカタリナ・ヴィット選手は、オリンピックを極めた伝説的存在として知られています。彼女が1988年のカルガリーオリンピックで披露した「カルメン」は、その妖艶さや表現力の高さで後まで語り継がれる演技となりました。また彼女は、衣装についても、髪飾りや羽根だけでできたスカート、露出度の高いコスチュームなどの革新的な表現を追求しました。しかし「扇情的すぎる」という意見が多くみられ、その結果、ISUが衣装に関するルール規定を新たに加えるほどの影響がありました。この際に加えられたルールは、彼女の名前をとって「ヴィットルール」とよばれることがあります。詳しくは「衣装(コスチューム)について」を参照してください。

 

日本人選手の活躍

フィギュアスケートにおいて、日本選手で初めてメダルを獲得した選手は伊藤みどり選手です。1992年のアルベールビルオリンピックにおいて、女子で世界で初めてトリプルアクセルを成功させ、銀メダルを獲得しました。

さらに、2006年、荒川静香選手が、イタリアで開催されたトリノオリンピックにおいて、アジア選手としてフィギュアスケート史上初めてオリンピック金メダルを獲得するという栄誉に輝きました。またその次の2010年バンクーバーオリンピックでは浅田真央選手が銀メダルを獲得し、この流れに続きました。

また記憶に新しい2014年ソチオリンピックでは、羽生結弦選手が男子シングルにおいて金メダルを獲得しました。ショートプログラムでは史上初めて100点を超えるスコアをたたき出し、世界に誇る実力を遺憾なく発揮しました。