フィギュアスケートの歴史

近年、多くのスター選手を輩出し、世界的にも人気のフィギュアスケートですが、その歴史は思いのほか古いということをご存知でしたか?

氷の上を滑走するスケーティングそのものは、人類の歴史のかなり早い段階から行われていたと考えられます。一方、現在私たちが観ているような競技としての「フィギュアスケート」が形作られはじめたのは、近代以降、とりわけ18世紀後半のヨーロッパです。

 

オランダ貴族の娯楽「ダッチロール」

もともとはオランダの貴族たちが嗜んでいた娯楽でしたが(ダッチロール、と呼ばれていたようです)、やがて複雑な動きや芸術性を競う独自のスケート術が発展していきます。

このオランダ発祥のスケーティングが、イギリスやドイツ、フランスに伝わり広く行われるようになり、18世紀後半にはヨーロッパの各地でスケーティングクラブが作られるようになったと言われています。

その後、フィギュアスケートはヨーロッパからの移民たちとともに、北米へ伝わり発展を遂げ、また明治維新後の近代化をすすめる19世紀末の日本にも伝わりました。

1892年には国際スケート連盟(現在も存続)が設立され、フィギュアスケートが国際的な競技種目として完全に認められるようになりました。

 

 

地域によって違う「フィギュアスケート」の捉え方

ヨーロッパ、北米、そしてアジアを含む全世界へと広がっていったフィギュアスケートは、基本的なルールは同じですが、地域によっても特色があると言われています。

たとえばヨーロッパでは、正確なエッジワークが重要視される傾向があると言われます。氷上を正確な図形を描きながら滑る技術を競う「コンパルソリーフィギュア」などは、100年以上も昔からイギリスで盛んであったといいます。

一方の北米では、バレエ教師であったジャクソン・ヘインズ氏が、スケーティングにバレエのような振付と音楽を取り入れた「フリースケーティング」を考案。現在の競技種目である「フリースケーティング」の名前はここに由来しています。

この「フリースケーティング」が興行的に大ヒットし、北米のみならず、フィギュア発祥の地であるヨーロッパでも大人気となったそうです。

いまでもアメリカのフィギュアスケートについて「エンターテイメント性を重視する」と評することがありますが、その背景にはこんな歴史があるのです。

そのほか、ボリショイ・バレエ団に代表されるような舞踊文化が盛んなロシアでは、フィギュアスケートにおいても芸術性を重んじる面があると言われたりします。

 

 

日本におけるフィギュアスケート

明治維新後にフィギュアスケートが伝わり、20世紀前半には競技団体も発足した普及した日本ですが、数百年という歴史がある欧米諸国に比べれば、まだフィギュアスケートが本格的に普及してからの年月が長くはありません。

しかし、驚異的なジャンプ技術で名を馳せた伊藤みどり選手をはじめ、冬季五輪や世界選手権で多数のメダリストを輩出するなど、ここ数十年で、日本も「フィギュア大国」と言えるポジションにまで地位を高めてきました。

とりわけ2000年代後半以降の日本人選手の活躍には目覚ましいものがあります。2006年のトリノ冬季五輪では荒川静香選手が、2014年のソチ冬季五輪では羽生結弦選手が金メダルを獲得しました。その他にも、安藤美姫選手、高橋大輔選手、浅田真央選手など、世界チャンピオンクラスの選手が続々と登場しています。

現在では、ジュニアクラスの若い日本人選手が大きな国際試合で表彰台に載ることも当たり前の風景となっており、今後も多数の日本人選手の活躍が期待されます。